29- 列車の上
30分後。
二人は、ガタゴト揺れる、列車の屋根に居た。
流れて行く草原は暗く、民家は見えない。遠くに、先程出発した駅と、町の灯りが浮かんでいた。
黒マントの男の正体は、やはり、例の怪盗であった。
『踊る闇』
――その男現る時、彼を捕らえんとする者達は、あたかも闇と踊らされたかのように、するりとかわされてしまうのだ。
手際の鮮やかさもさる事ながら、怪盗自身の高い運動能力と、計算高い手口によって、名を広めている。
ターゲットは専ら富豪・貴族で、持ち去られた財宝の一部は、貧しき民の手に渡ると言う、一風変わった盗人でもある。……彼自身の弁では、自称・怪盗紳士と言うが。
そして、この度、青年を伴って逃げたのは、通報されると厄介なのと、いざという時、人質として利用するつもりに違いなかった。
「……で? なんだ、お前、あの町で、何やらかして来た。――ヤバイ品でも取引したのか? それとも殺人か?」
沈黙を破った怪盗は、被っていたマントを外した。
同時に、するりと、長い金髪が肩から滑り落ちる。
「ぇえ!? あの時、酒場に居た――」
そこにあったのは、酒場で青年に絡んで来た、男性客の顔だった。
「なんだ?? 気付いてなかったのか。それより、答えろ」
「…………」
青年が俯いたので、怪盗は首をかしげた。
「違うのか。んなら――そうだな……まさか、女を辱めたのか。だとすると、話は変わるぜ……」
冗談でなく、彼はナイフを抜く。
「紳士として、ご婦人を傷付ける輩は、許せない性質なものでね――」
青年は、怖れもせず、じっと見返して、ただ、悲しそうに、首を横に振った。
「何もしてないんだ」
怪盗は、怪訝な顔をして問う。
「はぁ? ナニか。襲って来た相手が、勝手におっ死んだ、ってのか? そりゃ、災難だったな」
「……そうじゃなくて。……僕が居ると、みんな、恐がるから」
今度こそ、怪盗が、間の抜けた、訳の解らない顔をする。整った、端整な顔立ちながら、そいういう顔をすると、案外ひょうきんだ。
逃走の際、青年は、少しばかり魔法を使って、脱走劇に一役かった。しかし、人柄はいかにも温厚そうで、怖れられる要素など、どこにも無いように思える。寧ろ、子供や動物には、懐かれるタイプではないのか。
思いあぐねる怪盗に、青年は、思い出したように言った。
「それより、どうして、酒場で吹っかけてきたのさ。おかげで、3日ぶりのまともな食事、食べ損ねたよ……」
恨みがましく、怪盗を横目で見る。
「ああ。悪かったな。――理由は至極明快。お前の目が青いから、だ。しかも野郎で、な」
「はあ??」
だが、問い詰めても、怪盗は、それ以上は語らなかった。
結局、聞き出せたのは、彼の名前だけだ。
バルド、と自称・怪盗紳士は名乗った。
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