30- 彼の名は



 その後、成り行きで彼らは旅路をを共にするようになり、数年は、各地を転々とした。

 相も変わらず、バルドの稼業は盗人で、青年はその片棒を担ぐ事もしたのだが、バルドの知る限り、ただの一度も、かの青年が、本気で人を傷付けようとした姿をお目にかかっていない。


 勘の良いバルドは、いつしか、青年の『正体』に気付き始めていた。
 ――しかし、何も言わなかった。
 知らなかった筈はない。
 彼の恐ろしい二つ名を。彼が犯したとされる、許されざる、おぞましき罪の数々を。

 それでも、バルドは平然と、青年を道連れに、怪盗として各地を渡り歩いた。
 それが、青年の――ゼクトの、救いだった。

 通常は、彼の二つ名を知った時点で、震え上がって命乞いをするか、殺そうと向かって来るか、意思の強い者であってさえ、離れて行くのが関の山だった。

 ……大丈夫。
 慣れてるから。

 そう言い聞かせて、歩いて来た。もし、幼い頃ゼクトを匿った師匠が、人としての愛情を示さなかったなら、彼は、噂通りの殺人鬼として、今、ここに居たかも知れない。
 けれども、師匠は、ゼクトの人としての部分を肯定してくれた。――そう、ただ、ほんの少し、生まれ持った魔力の桁が違って、親や世間に見放されてしまっただけの、ごく普通の少年だと。そうやって、ゼクトに、愛に触れられる数年間を与えた。

 実はこの時代、別の場所で、同じ境遇を背負った者が、もう一人、生を受けていた。ゼクトとは違い、魔道士であった養父を殺され、心に深い闇を負っていた。
 その闇は、外に向けられる事こそ、これまでに起きていないが、常に、破滅的思考は自分自身に向き、危うい平衡を保っていた。
 この二人の運命が、深く交わるのは、まだ、先の話である。


 ゼクトは、万が一、自分の正体が知れて、バルドという友に危害が及ぶのであれば、いつでも、『世間で言われるような』『本性を晒して』離れる覚悟があった。かつて、師匠の元を、離れたように。

 離れるのは、怖くない。生きてさえいれば、どうにかなるのだから。
 ただ、寂しくは、あるのだろう。

 金髪碧眼の男児を、なぜか死ぬほど嫌うバルドだったが、ゼクトの事は、途中から気の良い仲間として認めてくれた。

 そんな相棒との、気楽な旅も、いつか終わりが来る。
 そう予感しながら、2年が過ぎ、3年が過ぎ――7年目に入ったその年、唐突に、予想もしない形で、旅は終わりを迎える。

 大人しい子供と、どう見ても堅気でない男女という、奇妙な三人連れ。
 ゼクト達は、彼等と、貧民街で、一つ屋根の下に暮らす契約を交わす。

 ただ一つ、守るべき約束は、『互いに過去を詮索しないこと』。

 そして、ゼクトはそこで、運命的な再会を果たすのだった。


前へ≪ 戻る ≫次へ

inserted by FC2 system