26- 酒場にて



 ――歴史には、神話の時代より、星の数ほどの英雄達が誕生してきた。

 その一方で、語り尽くせないほどの悪も、歴史の裏で暗躍してきた。


 『破滅の双竜』。恐らく史上最悪の部類に入る、極悪人。

 そのヒトの身に余る魔力は、彼等を奢らせ、凶悪なる魔法は、天をも突き、地を焼き尽くしたという。
 自らも人でありながら、人を人とも思わず、各地で凶行を繰り返し、人々を恐怖のどん底に陥れるが、神王暦1814年、巧みな誘導と勇敢なる同志達の尽力より、同士討ちを成功させる。
 以来、大陸には、ひとときの平穏がもたらされた。


 『双竜』に関して――その没年以外、詳しいことは判っていない。
 詩人の物語や、単なる噂でなく、『史実』として認められる部分を抜粋すると、1800年代に入った頃より、その存在が確認され、1803年冬、とある町で、『破滅の双竜』のうち、『破壊の天竜』を追い込んでいるものの、惜しくも、捕り逃がしている。
 翌年から、1810年にかけての『破滅の天竜』、および『滅亡の地竜』の足取りは不確かで、各地での破壊・殺人・殺戮に彼等が関わったとされるが、どの事件が、真に双竜によるのものなのか、今も、歴史研究家の議論は続いている。
 1811年、地方の東西冷戦の黒幕として、『滅亡の地竜』が提唱されているが、東西を戦によって疲弊させ、自らが支配するという目論見は失敗し、『滅亡の地竜』は、その年に姿を消している。

 そして1814年、遂に、その数々の蛮行に終止符が打たれた。



 これは、そんな恐ろしい『双竜』が、まだ実在していた暗き時代、1804年の話。


 町一番の酒場は、今日も繁盛している。
 陽が落ちた直後で、空はまだ明るいが、店内は客と店員で犇めいていた。

 労働の後の一杯を咽に流し込む工夫や職人、慌しく行き交う給仕の者、そして、数は少ないが夫婦やカップルの姿もある。
 壮年の者、老人、若者、皆等しく、酒の力により、血行の良くなった顔を突き合わせている。

 彼は、そんな店内の壁際で、料理を待っていた。
 若者が一人で座っているのは珍しい。二人がけのテーブルを挟んで、彼は、空の椅子と向かい合っている。
 着古したシャツの袖から、若者らしい腕が、無造作に突き出ていた。癖の無い金の髪は、1つに結んで左肩に流している。
 ふて腐れた表情を改め、身なりさえ整えてやったなら、かなりの好青年であったに違いない。

 二人がけの席に、深い意味はなかった。待ち人は無い。ただ、酒ではなく、腹を満たすために立ち寄ったので、カウンターに掛ける気が起きなかっただけだ。

 すっ、と、近くに人が立った。
 ようやく来たか、と顔を上げると、そこに居たのは、料理を運ぶ店員ではなかった。

「すみません、ここ、いいですか?」

 中肉中背の、とぼけた顔立ちの青年だった。
(よく言えばお人好し、悪く言えば世間知らずの田舎者――そんなとこだな)
 胸中で瞬時に判断し、しかし、男と相席する趣味はないので、彼は無言で追い払う仕草をした。
「えぇ? でも……」
 歯切れの悪いその声に、彼は嫌々、視線を上げた。

 店内はほぼ満席で、空いているのは、場を憚らないカップルの相席、それから、妙齢の美女の向かいだけだ。
 だからと言って、相席を許してやる義理などない。
 そう考えて、彼は苛々と言葉を吐いた。
「他を当たんな、にいちゃ……、っ!!」

 言葉を止めたのは、青年の、目を見たから。

(金髪に、青の、目……っ!? く……クソッ――!!)

 彼の透き通った茶色の目が、途端に、激しい憎悪を宿した。


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