24- 移ろい行くもの



 あの一件から、二週間。

 『家』に寄り集まる彼らが、表舞台に顔を出すことは一度もないままに、過ぎていた。伝え聞いた噂によれば、来月には、東西の境にあたる町で、東の領主シャズと、西の領主モリスの、直接対談が実現されるという話だ。

 このような運びとなった裏には、砂漠の基地に関わる一連の騒動と、両領主が、危険を承知で、直属の使者を送り合った事で、情報の食い違いと、その裏にある陰謀に気づくに至った、という経緯がある。


 ラピアは、よもや、争乱の切り札たる最終兵器がこんな所に残っていようとは、誰も、考えもしなかったので、スラムの『家』の、新しい住人として、日々を送っている。


 最近では、ルイスやゼクト以外の者とも、言葉を交わせるようになった。
 最初に打ち解けたのはフィナで、女性であり、威圧感が少ないためか、比較的容易に心を開いた。今では、母親代わりのようになっている。
 ジークとは、親しいとは言えなくとも、必要以上に警戒しないまでには、なった。
 そしてなぜか、バルドとは馬が合わないらしく、歳の離れた喧嘩友達に昇格(?)しつつある。
 ともあれ、ルイスと、『家』の最強、鉄拳フィナという、無双の後ろ盾がある以上、『家』において、小さな姫君に、向かうところ敵なし、という訳だ。

 ゼクトはというと、案外、姫君と、仲の良い平凡な友人関係を築いていたりする。
 そんな、小さな、小さな束の間の幸せ。



「――行くんですか」
 今、人気のない、スラムの道の片隅で、風に当たっているのは、ゼクトとルイスの二人だけ。
「……うん」
 日が沈んだばかりの空の、星明りに照らされて、ゼクトは答えた。
「これ以上、ここにいて、みんなに迷惑はかけられない」
「……。そうですか」
 どうにか衝突を回避した、西と東。その背景には、こんな事情があった、と、世間では、まことしやかに語られている。

『西と東、それぞれに、領主に代わって主権を握らんとする者達がいた』
『彼らは手を組み、考えた。その為に、絶対的な力が必要と』
『東西が、戦い疲れ、疲弊したその時に、一気に両者を支配下における、絶対的な力が、必要だと』
『けれども、彼らは操られていた。そう仕向ける黒幕が、そこには居た』
『それは』
『それは悪』
『……まごう事なき、悪の犯罪人。数々の非道な行いに手を染めた、「破滅の双竜」に、その思惑に嵌まっているとは知りもせず、彼らは、話を持ちかけた』
『しかし、それは失敗した』
『失敗した』
『双竜の、裏切りによって。やはり、彼は、史上最悪の、大悪党だった。東西支配を企む者達から、雇い賃として莫大な金を騙し取り、果ては、彼らを皆殺しにし、』
『いずこかへ去った』
『許せない』
『捜せ』
『捜せ』
『真の悪人を、これ以上、生かしておくな! 捕らえて殺せ!!』

 どこかを見据え、ルイスが低く、言葉を紡ぐ。
「……彼らの言う、「双竜」は、「破壊の天竜」じゃない。僕と関わった、あの砂漠の基地の者は、全員が、あの基地と命運を共にしたのですから。今回、この事件に関わったとされるのは、金の髪をした、極悪非道の死神、滅亡の地竜――貴方だ」

「うん。だから、行かなくちゃならない」
 不思議と、落胆ではなく、ほのかな希望を宿した横顔で、ゼクトが言う。

 ここではない、どこかに。
 金の竜が生まれ持った、並外れた、恐ろしい魔力の事など、知る人のない、どこか安全な、遠い地に。


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