22- ネガイ



「……ただいま」
 困ったように笑う彼は、体中、傷だらけだった。それだけで、ルイスには、彼が力をセーブして戦った事が解った。

 ジークとバルドが、呆気に取られて見ている。それは、ゼクトの怪我が原因ではない。
「どいて!!」
 彼らを押しのけて、まだ傷の癒えていないフィナが、ゼクトの前に出た。
 彼女は恐れず、ゼクトが両腕に抱える、青白い顔をして動かない、細い手足の少女に触れ、状態を診た。――それは、ゼクトの比にならぬ程、重篤だ。
 暴走する"R"を止めるには、辛うじて、死なない程度のダメージを与えてやるしか、術はなかった。それを、彼、ゼクトは、やってのけた。

 ゼクトは、悲しそうな声で、『家』の者に謝った。
「……ごめん。やっぱり、殺せなかった……」
 フィナが、子供の頭を撫でるように、自分より背の高いゼクトの金髪に触れる。
 優しい眼差しではないが、真剣な眼で、フィナは真っ直ぐにゼクトを見ていた。
「いいの。貴方は、よくやったわ。……ジーク!! ぼさっとしてないで!!」
「ぁ? ああ…………」
 その声には、戸惑いが残る。
「頼む、ジーク――この子を、救って欲しい」
 ゼクトの懇願に、不承不承、ジークは答える。
「……しゃーねぇなぁ……」
 傷薬から、毒薬、媚薬に至るまで、薬の調合ならフィナの十八番だが、外科手術となると、ジークの領域だ。彼は、普段は怪しげな情報屋だが、どこぞで、闇医者を開業していた事もあるのだとか。

 自身の手当てには無頓着なゼクトから、ジークの包帯を巻いた太い腕が、ひょいと少女を取り上げて、フィナと奥の部屋に入って行く。
 いちち、と、途中でジークの小さな声が聞こえたが、少女の体は哀れな程軽く、完治していないジークであっても、充分に抱えられた。


 玄関先に残された3人の中で、ルイスが、最初に、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
 結果的に、ルイスの望みを叶えたが、同時に、バルド、フィナ、ジークには、自分達を追い詰めた、最悪の兵器を生かす道を取らせた事になる。
 だから、ゼクトは謝った。
「うん……ごめん、ぼくの我侭で」
「ったく、ホントだぜ」
 言って、にやりと、悪友は笑う。
「高くツケとくぜ?」

 ゼクトは、困ったように微笑んだ。



 ベッドですやすやと眠る少女は、たった独りで、裏社会で鳴らした大人達と対等以上に渡り合い、秘密基地を守っていた兵士達を容易くなぎ倒したとは、とても信じられない。

「……ルイス、かぜ引くよ。部屋に戻って、少しは寝ないと」
 まどろんでいたルイスは、自分を揺り起こした青年を見た。
「ああ、貴方でしたか。けがはもういいんですか」
「…………」
 ちがうんだ。返して欲しいのは、そんな言葉じゃない。
 言葉を話さぬ犬か猫のように、青い目が、饒舌に訴えかけた。
 そこで、仕方なく、ゼクトの言葉に対する返答を与える。
「大丈夫ですよ、僕は。けが人のフィナやジークに、看病させる訳にもいきませんしね。バルドは、じっとしているのは合わないでしょうし、仮にも、女の子ですから。――それに」
 普段は見せない、やるせない表情で、目の前の美しい若者は、遠くを見た。
「ラピアが目を覚まして、パニックになったら? そうしたら、止められるのは、恐らく、僕と」
 色の薄い瞳が、ゼクトを見る。
「貴方だけ」
 ゼクトが黙り込む。ルイスは、そこまで考えて、ここに残っていたのだ。


 ゼクトが口を開く前に、『家』の住人達が、ぞろぞろと入室して来た。


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