19- “R”



 大の大人が、しかも、裏の社会で鳴らした腕利きばかりが、小さな少女に、次々と薙ぎ倒されて行く。
 ゼクトと、転移魔法の消耗から少し回復したルイスのサポートが無ければ、とっくに全滅していたところだ。

 バルドの手刀が舞い、フィナのナイフが閃き、ジークの暗器が降り注いでも、"R"は素早い身のこなしと魔法でそれらをかわし、疲れた様子もなく、攻撃を加えてくる。
 最初こそ、外見が子供だからと、躊躇った面もあった。だが、今や、彼らが全力でぶつかっても、軽くあしらわれている状況だった。

 "R"の身体能力は、繰り返された投薬で強化されてはいるものの、小さな体で、大人のそれに追いついた程度にすぎない。
 もともと魔法の素質が高く、訓練されているため、その力はかなりのものだったが、それでも、5対1では、状況的に不利なはずだった。

 だが、最も恐れるべきは、その『目』だった。一度見た相手の動きを、そのままコピーして自分のものにする……それが、"R"の恐るべき能力だった。
 フィナの閃光の一撃を。
 バルドのしなやかな体術を。
 ジークの操る多彩な飛び道具を。
 今や、"R"は完全に見切る事ができる。おまけに、カウンターとして、学習したいずれかの技で返して来る。魔法と素早さについては、大人顔負けどころか、達人と呼べるレベルであったため、力は低めでも確実に技を当てて来る。


 ゼクトは、攻撃に出て良いものか、未だに迷っていた。今は、被害を抑える補助役に徹しているが、このままでは、戦況の先行きは、暗い。
 ゼクトを迷わせているのは、相手の『目』の能力。
(もし、僕の魔法をそのまま返されることになれば……)
 それは、取り返しの付かない事態を生む。そうさせない方法は、一つだけ。
 ……一撃で、Rの息の根を止める。

「きゃああっ!」
 Rの蹴りがフィナの手首を強打し、握っていたナイフが遠くに飛ぶ。
「くそっ!」
「――。。□!」
 バルドが入れ違いに飛び掛るが、それは魔法で妨害される。
「くッ!?」
「ああもう、仕方ないですね!」
「ルイ――馬鹿やろォっ!?」
 渾身の力でバルドに体当たりしたルイスの機転で、二人とも、爆風の直撃だけは免れる。

「くそ、なに、やってんだ……。お前、オレ達よか、頑丈じゃねーんだから……前、出て、くんな……」
「かはっ……そーゆう、ボロボロの貴方に、言われたくは無いですね……」
 少し離れた所で、同じく爆発地点から飛び退いたゼクトは、少し煙を吸ってしまい、咳込んでいる。
 時間を稼ごうと、捨て身で飛び込んだジークは、逆にその腕を捕まれ、軽々と投げられた。
「うおぉオっ!?」
 恐らく、筋力だけでなく、相手の勢いを利用した技だ。いかに強化されているとは言え、小柄な子供が、三十過ぎの男を投げ飛ばす光景は、何とも奇妙である。

 まだ少し咳込むゼクトと、ルイスが、辛うじて次の防御魔法を唱えられる体勢ではいるが、前衛で、すぐに立ち上がって動ける者は、いない。


「もう終わり?」
 静かに、抑揚のない声が響く。

 壁や機材の一部が破壊され煙を上げる光景と、いかにも不釣合いな、検査着姿の裸足の少女は、倒れた者達を見下ろして、無機質な床に仁王立ちしていた。


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