18- リーサルウエポン



 ずんぐりとした体に乗ったおにぎりのような頭が、みるみる赤く染まる。
「客だと? 聞いとらん!! ルイス……わしは、兵士と供に、この基地を防衛をしろと命令したはずだ!」
「はて。お客人をお出迎えしろと、ドルガ様は、そう、おっしゃられたではありませんか」
「もう良いッ! 貴様、寝返るつもりか!? ならば、容赦せんぞ……」

 ドルガの横に立った眼鏡の青年が声をかける。
「ドルガ様。"R"を、お出しになるのですか」
「無論だ。いそげ!」
 青年は素早く指示を出し、それからフィナを見た。
「『氷のフィナ』、如何に貴方でも、"R"には、手も足も出ませんよ。観念することです」
「貴方、モリス様のお屋敷にいた、彼ね」
 フィナと初めて顔を合わせたとき、怯えた風だった青年は、今は、その気配がない。それだけ、大きな後ろ盾があるという事だろう。

 ドルガが、余裕の笑みで尊大に言う。
「ふっ、ふっ……どうした、若造どもよ。許しを請うなら、今のうちじゃぞ? ここで、わしらと手を組むという賢明な判断ができるなら、わしらの新たな国家の庇護のもと、全うな権利を与えてやらんでもない」
 一方で、眼鏡の青年は、気を悪くした様子だった。
「ドルガ様、こんな薄汚い、如何わしい者達を雇い入れるなど――」
「まぁ、そう言うな、ルナターク。コソ泥には、コソ泥の利用価値というものが……」


 そこに、研究員らしき数人が、一人の子供を連れてやってきた。
 金に近い、さらさらとした薄い茶色の髪。虚ろな瞳は、不機嫌そうに床を睨んでいた。
 検査着を着ただけの、素足の子供の細い手足には、目立たないが、注射針の跡が、無数にあった。
 子供らしからぬ、感情の無い瞳で、女の子が、顔を上げてルイスの方を見た。
「お兄ちゃん――」
 その声だけは、子供らしく透き通っていた。
「お兄ちゃんの事は、好きだったのに……残念」
「……ラピア」
 常ならば、淀みなく優雅に振舞うルイスが、その名を呼び、一瞬硬直した。
「どういう事だ? ルイス」
 口を開きかけたルイスは、何かを振り払うように、一度大きく横に首を振り、低い声でゼクト達に告げた。
「――気をつけてください。あれが、彼らの自信と高慢を支える、最大の因子、最強最悪の、破壊兵器です――」

 その場の空気をぶち壊したのが、ジークの爆笑だった。

「クック……はははっ、『お兄ちゃん』、ねぇ。こぉりゃあ……ぷっ、くはははっ!」
「ジーク……笑いどころじゃないでしょう」
 ルイスに睨まれても、ジークは、自重しなかった。
「まったく、しゃーねぇオッサン……」
 頭の後ろをかきながら、バルドがうんざりと言った。フィナが、ジークを冷ややかに見る。
「そういう自分だって、最初判らなかったじゃない。私は違うけど」
 ほんのひととき、緩みかけた空気の中で、ルイスが言う。
「ほんと……貴女には敵いませんよ、フィナ。初見で見抜かれたのは、きっと貴女が最初で最後です」
「光栄ね」

 ひとしきり笑って、すっきりしたのか、ジークが明るい声で言う。
「んま、これではっきりしたわな。ここにお集まりの諸君の目は、揃いも揃って、節穴ってこった」
 馬鹿にされたと感じたのか、ルナタークがむきになった。
「? 何を。無論、存じておりますよ、彼は、破壊的な魔法を操り、魔王、あるいは狂人として恐れられる二大魔術師、『破滅の双竜』が一人、破壊の天竜だとね!」

 まじかよ、と目で問うバルドに、ルイスは、困ったような笑みを浮かべた。
「……その事は、昔、ジークに言い当てられてしまいましてね。貴方達と会うよりも前に、フィナとジークのお二人は、知ってたんですよ。僕が『そう』だって」
 ショックで妙に崩れた顔のまま、バルドが相方を振り返ると、ゼクトは目を逸らした。
(ちっ……アイツ、知ってやがったな!?)
 過去は詮索しない。その掟があるから、『家』に来てからルイスと出会ったゼクトは、本人や、ジーク達から聞いたのではなく、何らかの理由から察したのだろう。
(そのくせ、なんも顔に出さねーんだからな……食えねー奴)
 いや、ある方面に関して、とことん鈍いだけか、とバルドは心の中で訂正した。

 してやったりと、ドルガが、ところどころ抜けた歯を、にやりと見せる。
「どうだ、驚いたか。その位の情報、わしらの情報網にかかれば、一発よ」
 いや、ジークが揶揄したのは、そっち(双竜)の事じゃないんだけどね、と、ゼクトは頬をかきながら思ったが、直後に待ち構えていたのは、想像を絶する死闘だった。


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