11- 姫君は塔を出ず



「あら――あなた、どうやって、ここへ? 久しぶりね、ゼクト」

 フィナは、今や敵地に等しい東側からひょっこり姿を見せたゼクトに、驚きつつも、表情を綻ばせた。

 一人で居た時に、窓から忍び込んだ旧知の青年を、笑顔で迎えてしまえるのが、このフィナという女性の、肝の据わり方を現しているようだった。


(フィナ……ぼくがこの部屋に居る事自体、互いにとって、どんな危険を孕むのか知っていて――それでも、何も訊かずに居てくれるのか……)
 フィナには、感謝と、申し訳ない、という気持ちが湧いてきた。
 今回の移動にも、ゼクトは呼び出した竜を使い、フィナの部屋へ潜り込むのには、これまた別の魔法を使用した。


 10分だけね、と、最初にフィナは指摘した。その鋭い洞察に、流石だな、とゼクトは舌を巻く。
 彼女は笑顔で、一つ間違えば、両者の首が飛びかねない旨を淡々と説明した。
「それ以上は無理よ。見回りの者が来てしまうから」

 頷いて、ゼクトは用件を切り出した。



 戻って来ないか、争乱の防止のために、力を貸してくれ、という、ゼクトの真剣な説得を聞くと、フィナはソファから腰を上げ、窓辺に寄って、外の光を眺めながら、歌うように囁いた。

「……戻る……そうね、そう――情勢が安定して、私もここを出られた、その時には――」

 その言葉には、もう戻る日は来ない、という哀しみが、はっきりと染み付いているようだった。

 ゼクトは思わず立ち上がって、彼女の名を呼んでいた。
「フィナ! ここを出るなら、どうにかできる。だから、来てくれないか――……僕は……争乱が始まるのを、防ぎたいんだ……」

 拳を固めながらも俯く、真っ直ぐで屈託の無いゼクトを、フィナは、逆光の中で微笑みながら、こう言って送り出した。

「もう帰って。ね? あなたは、人一倍善い人よ。だから、こんな所で捕まって、つまらない死に方をしては、だめ」

 それは、完璧な断りの返事だった。
 これからは、もう、生きる世界が違うのだ、と。闇を生きる彼女と、まだ、光を歩める彼との、道を分かつ、決定的な最後の言葉。



 竜の背に伏せ、向かい風に弄られながら、ゼクトが見つめたその先には、一体、何が映っていたのだろう。
 失意の中、彼は、たった一人で、スラムの『家』を目指した。


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