09- 心は遠く



 バルドは、近頃にわかに雇用を拡大した、東の兵器工場で働くと言っていた。
 大人の足ならば、半日かからないで、このスラムから行けたはずだ。

 だからゼクトは、最初に、彼に会う事にした。


 ジークはどこをうろついているか知らないが、バルドとルイスは、赤旗の東側に。フィナは、青旗の西側に。今や、この家で暮らした住人は、二色の旗のもとに引き裂かれ、ばらばらになっている。
 それを再び、集結させる。
 どれだけの困難を伴うかは判らない。それでもゼクトは、実行する気でいた。
 5人なら、騒乱を止められる――この時のゼクトは、本気でそう信じていた。

 ベッドに寝そべり、暗い天井を見つめていたゼクトは、工場に出かける明日に備えて、散らかった自室で目を閉じた。




 あくる日。再会は、予測したものと違った。

 ゼクトの顔を見るなり、バルドは不機嫌になった。話なら終業後にしてくれ、と言い、ふいと踵を反して、持ち場に戻ってしまった。

 夜を待ち、近くのうらぶれた酒場で落ち合ったが、その際の対応も、実に素っ気無いものだった。
 カウンターに硬貨を出し、安酒を2人分注文すると、バルドは、迷惑そうな顔を隠そうともしないで、言った。
「……何しに来た?」
 友の変わりようにショックを受けながら、ゼクトは、話を切り出そうと口を開きかけた。そこに、バルドが言う。
「ウチはな、人員は足りている。つか、お前みたいなボヤっとした奴、どっちにしろここじゃ雇って貰えな――」
「違うんだ、バルド」
「?」
 訝るように見てくる茶色の瞳に、幾分動揺を鎮めたゼクトは、自分の考えを、ありのままに伝えた。

 このままではいけない。力を合わせて、どうにかこの戦乱を未然に防ごう、――と。


 話を聞いたバルドは、吐き捨てるように言った。
「――馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しくなんかない!」
 ゼクトも必死だ。
「東西で争えば、何百人もの人の血が流される。そんなの」
「おれらにゃ関係ねぇ」
 まっすぐにどこかを見て言ったバルドに、ゼクトは二の句が継げなかった。

「自分達が食って、生きてくんで精一杯だってんだ。まして、てめぇみたいなお人好しは、人を食って生きるくれぇの覚悟がなきゃ、この戦乱でおっ死ぬぞ?」
「……バルド」

 さすがにきまりが悪くなったのか、自分から目をそらしたバルドは、斜め下を見て、頭をかきながら呟いた。
「ともかく、そんな壮大な夢物語につき合ってやる暇はねぇ。すまねぇな」



 酒場を出ようとするバルドは、最後に振り返って、こう言った。
「もう、来んなよ」




 冷たく風の吹く路地で、一度目を閉じたゼクトは、今一度、意思の篭った瞳で、顔を上げて歩き始めた。


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