34- 情報屋の男



 どんどんっ!

 家の戸を、乱暴に叩く音がする。続いて、何やらガチャガチャと、鍵穴に金属を差し込み、こじ開けようとする音が響いた。

 ガチャンッ

「フィナ、おい、戻ってるか――!?」
 盗人の要領で錠を外し、踏み込んだ男の首筋に、ぴたりとナイフが吸い付いた。
「……何の用? 朝から人の家に上がりこんで」
 ナイフを当て、冷たく睨む美女に、男は愛想笑いを返した。
「いや、相変わらずいー腕で。お姉さん」


 胡散臭い男。この男を一言で表現するなら、他にないだろう。
 彼がいつ、この町に来たのか、正確に記憶している者は無い。謎多き、情報屋である。
「まっ、こうして会えたのは幸運だ」
「だから何。知ってるでしょう。忙しい身なの」
 つれないフィナに、男は、ちっちっ、と人差し指を立てて、左右に揺らした。
「忙しく居られんのも、命あっての話だぜ?」
「――……」
 凍てつくような視線。普通の者なら、まともに受けられないそれを、男は、意味ありげな表情で受け止めた。
「俺としても、時間が惜しいからな。簡潔に行こう。……お前さん、エラい奴に命狙われてっぞ」
 一瞬、言葉に詰まったフィナだったが、すまして言う。
「それはどうも、情報屋さん。それで? その情報で、私から、幾ら巻き上げようって言うの?」
 苛立つように、男はフィナに詰め寄った。
「真面目な話だ!」
「結構よ!!」
 男を突き放して、フィナは視線を落とした。
「……私が、知らないとでも思った?」
「……。言っとくけどな、今回ばかりは、いくらお前さんでも、分が悪すぎる」
 暗殺された者の、逆恨み。それ自体、良くある話だが、今度の相手は、組織を挙げて、フィナを潰そうとしているらしい。

 いいから帰って。そんな、気迫を込めた、正面からの強い視線を、彼、ジークは腹立たしく見詰め返した。
 次の瞬間、よれよれの黒コートをまとったその長身が、思いもせぬ速さで動いた。
「……!?」
 不意をつかれ、男の腕力で押さえ込まれたフィナは、激しく抵抗した。
「……ッ、とんだじゃじゃ馬だな、オイ……。けどな、悪ィがあんた、俺と逃げてくれる義務があるぜ……。こんなとこで散るにゃ、あまりに勿体無い、イイ女だ――」
「フン。戯言もいい加減にして……!」
「おいおぃ。人が、本気で口説いてんのに、それか……? って、誰だッ! そこに居る奴っ!」
「来ちゃだめ!!」
 フィナが、自分でも予想外の言葉を発した瞬間、ドアが開き、小さな人影が、素直に姿を見せた。
 子供。しかし、どう見ても危険なこの男を前に、あまりにも、落ち着いていた。
 その様子から、尋常でない相手と悟った男が、自分のコートの内側に、手を差し入れる。
「やめなさい、ジーク!」
 その時、子供がふわりと頭を下げた。
「すみません、お話は聞こえてしまいました――」

 それが、この修羅場での、その子供の、第一声だった。


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