32- 事件
冷たく、突き放した声が言う。
「綺麗な金髪ね。あなた、女の子でしょう。髪くらい拭いておきなさい」
途端に、子供が、訝るような目つきに変わる。
(ふん――やっぱり、子供じゃない。この程度で動揺しちゃうんだから)
彼女の観察眼と、勘が、尋常ではないのだが、それはこの際、置いておく。
口調はぶっきらぼうに、しかし、してやったり、と上機嫌で、彼女はタオルを押し付けて、言った。
「別に、恩を売るつもりは無いわ。気まぐれで拾っただけ。明日の朝には、雨が止もうが止むまいが、叩き出すからね」
子供は、警戒と困惑が混じった、複雑な表情で、彼女の背中を見詰めた。
彼女の家は、この辺りにしては、しっかりとした造りの2階建てで、複数の小部屋があった。
2階の、主に薬品の調合に使う一室は、それなりに片付いており、そこに子供を連れて行った。
壁際の、観音開きの棚には、危険な薬物もあったが、ラベルを見たところで、専門家にも見抜けまい。機密保持のため、ラベルには、独自のコードを記している。
「寝るなら、ここを使いなさい。棚は、触っちゃ駄目よ。何が起きても保証しないから」
言い残して、彼女は階下に戻り、商売道具の点検を始めた。
机の上の、ナイフと銃火器、およそ22の娘に似つかわしくないそれらを、慣れた手つきで手入して、彼女は、何か飲もうと、席を立った。
その時、2階の床に何かが当たった鈍い音に、彼女は過敏に反応した。
(……何? ――まさか!?)
真っ先に考えたのは、刺客の可能性。殺しという仕事上、常に、どこかで恨みを買っている。次点は、あの子供が、火薬や劇薬が並ぶ棚に触れたか、物を倒した可能性だ。
彼女は、冷静で、素早かった。
足音を立てず、2階に駆けつけた彼女が見たもの、それは。
床に倒れた、子供の姿だった。
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