23- まだ遠く
「よォ。姫さんも、そろそろお目覚めか?」
よれよれのコートを着た大男は、片手を上げて、そう言った。
笑顔で、さらりとルイスが返す。
「姫君を迎えに来た、どこぞの王子殿下ならともかく、貴方のようなヤブ医者では、目覚めるものも、目覚めませんよ。はっきり言って、及びでないです。――もう、医者の出る幕ではないのですから、とっととお引取り願えませんか?」
「おいおい、キツイな……。ひょっとして寝起きか? 機嫌悪……ぶっ!」
フィナの鉄拳、顔面にクリーンヒット。
「朝からさわがしーぜ、まったく……」
そう思うだろ、と、容姿端麗な金髪の悪友がぼやき、ゼクトが曖昧に返したところで、寝ていた少女が、僅かに身じろいだ。
「ん……」
見守る者達が息を飲む中、横たわっていた少女が、薄く目を開ける。
朦朧としたまま、ゆらりと状態を起こした少女の、ぼんやりとした瞳が、急速に焦点を結んだ。
……そして、彼女は硬直した。
「い――」
「いやぁあああああぁああああぁあ!!」
両手で頭を押さえ、発狂する少女を、真っ先に長髪の若者が抱き止める。
「落ち着いて。ここに、貴女を怖がらせる物は、何もありません」
「いや! 嫌ッ、はなして!!」
カタカタと震えながら、ラピアは、周りの大人達に、自らに迫り来る、白衣の沢山の腕を見ていた。
「来ないで……イヤ……、もう、点滴も、実験も、学習プログラムも嫌……。冷たい台に縛り付けないで――痛いことしないで……! もういいの……みんな、みんな嘘吐き……ッ」
もう少しで、少女が攻撃に出そうなところを、ルイスの落ち着いた声が制した。
「ラピア、僕です。落ち着いて。――僕が判りますか?」
「……ぇ……。ルイス、おにい、ちゃん……?」
その反応に、ルイスが、安堵したように息を吐く。
「大丈夫ですよ。ここに、『あの人達』は、いません。僕が、守ってあげられます」
頬に、幾筋も涙の跡を残しながら、ラピアが訊ねる。
「ほんとうに、お兄ちゃん……?」
「そうですよ、ラピア。まあ、正確に言うと、『お兄ちゃん』は、少し違うのですが……」
そこで、ラピアが初めて、正気の状態で、ルイスの背後にいた人達を見た。
その瞬間、すっ、とラピアの瞳が、色を失ったようになって、固まった。
「納得いかねぇ。どぉーも、納得いかねえ!」
部屋を追い出されたバルドは、壁を背にしゃがんだまま、腹いせにぼやいた。
「仕方ないわ。戦闘では、私達、本気であの子を潰そうとしたんですもの」
はぁ、とため息をつくフィナ。
「『大人が恐い』か……。あの嬢ちゃんが、俺達とまともに話ができんのは、まだ時間が要りそだなぁ? これは」
ジークや、バルドなどが傍にいると、彼女は精神的に不安定になり、まともな応対ができなくなってしまう。
それが判った今、彼女との橋渡し役は、ルイスとゼクトに一任されていた。
十分は、このまま続くだろう。
「違がくて! 恐がってる要因が『大人』っつー事なら、どうしてアイツはいいんだよ! ありえねぇッ! ルイスは19だから良しとして、アイツもオレと同じで、とっくに二十歳すぎてるっつーの!」
「……でも、ゼクトは、最後まで、あの子供を傷つけるためではなく、救うためだけを考えて、戦っていた。殺意を持って挑んだ、私達とは違う」
「……ぅ、それは……」
しゃがんだまま、バルドは、頭に片手をやり、顔を半分覆い隠すようにして、
「恐かったんだよ……。いくらあんな小さい子だっつても。やらなきゃ殺される、って思って、嫌でも、ああして戦うしかなかった」
バルドは、聞こえないくらいの小声で漏らした。弱いな、と。
「悔やむこたねぇさ。お前さんより十も長く生きてる俺ですら、何もできなかった」
アンタと比べられちゃ、終わりだ、と、バルドはおどけて、肩を竦めた。
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