20- 約束



「やりなさい、"R"」

 声の主を、少女は、一度だけ振り返った。
「あの人達、殺すよ。そしたら、約束――守ってくれるんでしょ」
「いいから、やりなさい」
「……。また、破るの……。会わせてくれるって、言ったのに。また、嘘ついて――」
「ま、まちなさい、落ち着こう、"R"」

 アタシノナマエ 「 アール 」ジャ ナイ … …

 ルイスお兄ちゃんダケ ヨンデクレタ デモ お兄ちゃんハ アタシノ テキ
 ココヲ コワソウトスル ワルイ 大人 タチノ ミカタ

 無防備な背に、フィナと、ジークが、残された渾身の力で飛び道具を投げつける。
 バルドは、動けなかった。どんなに凶悪な力を持とうと、相手は年端も行かぬ少女だ。
 一方で、非情になり切れた二人の決死の攻撃は、寸前で、"R"の魔法によって撃ち落された。
 憎悪に満ちた瞳で、振り返った"R"は、衝撃波を放つ。ルイスが紙一重で緩衝するが、切り刻まれた二人は、動かなくなった。

「大人なんて、みんな、みんな……!」

「わかった、わかった。こうしよう。今すぐ、会わせてあげようじゃないか。ほら、本当は、すぐ側にいたんだよ、"R"」
 慌てたドルガが、猫なで声で言った。
「どこ?」
 その場に残って遠巻きに戦闘を見ていたのは、ドルガの他、数人の兵士と、ルナターク、そして、研究員達。

「ほぉら、教えてあげよう。そこに居る二人が、お前の父親と、母親だ」
 ドルガが示した研究員の男女を、"R"は、呆然と見た。
「違う……」
 青ざめた"R"は、震える両腕を、自分自身の腕で押さえながら、後ずさりした。

 研究者の顔のまま、女が言う。
「悪かったわね。黙っていたのは、あなたのためでもあったのよ、ラピア」
「違う……っ、『おとうさん』と『おかあさん』は、痛いことしたり、嫌な事させたりする人のことじゃ、ない――っ!」
「ラピア、それは違う。自分の子だからこそ、私達はここまで出来たんだ」
「ちがう、嘘、嘘――だって、私のお母さんと、お父さんは、遠くに居るって……」
「それは、あなたが傷つかない為に、ずっと隠していたの」
「そうだよ、ラピア。私たちが、きみの親だ」
「嫌……うそ……違う……違う、違う……っ!!」
 "R"の異変に気づくのが一足遅かった大人達は、その半数が、初撃を受け、何が起こったか解らないまま、床に崩れ落ちた。


 サイレンが鳴り響き、警報と警告が飛び交う。
『急げ!』『どうした!?』『アールが暴走したらしい!!』『何だって!?』
今や、どこへ行っても、砂漠の基地は、パニック状態だった。


 自分達から注意が逸れた隙に、逃げ出すなら、今しかない。
 ジークとフィナを介抱するバルドとルイスに背を向けて、ゼクトが立つ。
 呼び止める、ルイスの声。
「ゼクト……」
「ここは、僕に」
 意思を固めたゼクトは止められない。それが判っていたから、ルイスは、俯いただけだった。そして、願いを託す。
「ゼクト。お願いです。どうか、あの子を、ラピアを――」
 助けて欲しい。そう訴える瞳と裏腹に、冷酷に告げる。
「解放してあげて下さい、この、残酷で無慈悲な"世界から"」
 死だけが、唯一の救済。ゼクトが全力を出せば、それも可能かもしれない。
 なぜなら、彼は。

 ゼクトは、一瞬だけ苦い顔をして、返答しなかった。
「みんなを、無事に逃がしてくれ、ルイス」
「……………」
 ルイスもまた、ゼクトの言葉には答えない。


 それはただ、悔しくて、悔しくて。……雪の記憶と、被るから。


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