17- 空間跳躍



 リィン…  リィン…
 鈴のような、涼やかな音色。それは、魔法を構成する際に、魔力が、大気中で反響する音だ。
 しかし、それは、普通の人間には聞こえない。並外れて強大な魔力を持ち、魔法を『聴く』人間は、恐らく、五千万、いや、一億に一人だろう。

 ルイスの放つそれを、目を閉じて、ゼクトは耳で追っている。

 ひとつひとつ、追いかけて。
 相殺するのではない。完全に、『合わせる』ために。

 ルイスが使おうとしているのは、空間跳躍の魔法。
 理由は、解らない。目的も、判らない。それでも、ゼクトは、ルイスを追うように、座標固定の詠唱を口走っていた。
 近くに仲間を集めたのは、ルイスが飛ばそうとしている先に、一人の洩れもなく送るためだ。ゼクトが指定した空間に在る物を、ルイスの魔法が転送する。

 行き先は、ルイスしか知らない。
 ゼクトは、ルイスの意思に委ねた。

 そこが、どこだったとしても。
 ルイスが何を企んでいようと、
(みんなは、必ず、ぼくが守る……!)


 ゼクトが、目を開ける。普段見られない、勇敢さを湛えた、ブルーの瞳。
 球状に風が舞い、ゼクト達の足元の砂を舞い躍らせる。しかし、4人が居る球の内側に、風は起こらない。

 ルイスが、魔術を操る者にしか解らない発音で、最後の一節を唱える。
 一箇所に固まるゼクト達とは反対に、あちらの兵士達は、ルイスの魔法の巻き添えを食わないよう、やや後退していた。

「△△▽!」
「××○×ッ」
 ルイスの呪文完成と同時、ゼクトも魔法をぶつけた。


 砂塵の向こうに見えていた青い空――視界が、ブツッ、と乱暴に引き千切られた。
 そして、静かな闇の後、強烈な太陽の光ではない、何かの灯りに照らされていた。

(天国?)
 木でもない、石でもない、ましてや土や砂や草地とも違う床の感触に、フィナはそう錯覚した。
 そして、かつての凄腕の女暗殺者は、そっと目を開けた。


「!! おいっ、どーなってんだよ!?」
 バルドの声。
 無理もない。跳躍魔法など、そうそうお目にかかれる代物ではなく、知らない方が普通だった。

 バルドは、近くで背を向けて立つ若者がルイスと判って、問い詰めるより先に、両肩を後ろから押さえた。体格では、明らかにバルドの方が一回り大きい。
 バルドに体重の一部を預け、前を見たまま、息を切らせたルイスが言う。

「これ、けっこー疲れるんですよ……」


 非常事態に、昔の感覚が蘇ったのか、冷たく鋭利な声で、フィナが問う。
「ここ、あのへんてこりんな銀色の物体の中なのね?」
 対する、ルイスの返答。
「ここまで来たのは、生半可な覚悟じゃないのでしょう――? あとは、皆さんに、任せましたからね……」

 数人が奥からどやどやと駆けつけたかと思うと、先頭の背の低い老人が、低く、重い声を響かせた。
「これは、どうした事だ! ルイス」

 バルドから離れて、ルイスが男性に恭しく頭を下げる。
「失礼致します、ドルガ様。『お客様』をお連れ致しました」


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