13- いまひとたび



 「………よォ」
 きまり悪そうに、顔の横に片手を上げながら、青年は言った。
 開けっ放しの戸の外から月明かりが差し込み、彼の金髪を照らした。


 ゼクトが言葉を失って立ち尽くすうちに、彼は、ずかずかと上がり込んだ。
「やっぱ、お前だけじゃ不安だわ。何しでかす事やら、な」

 そんな事ない、と反論しかけて言葉を止め、ゼクトは暗い顔で俯いた。

「――この争乱を、止める」
「まーだ言ってんのか、この馬鹿が」

 睨み合いは、一瞬。
 触れれば切れそうなバルドの瞳を受けて、引かない。それが、ゼクトの本当の頑固さだ。

 バルドは悪巧みするカオになって、ゼクトに人差し指を突きつけた。
「わぁーったよ。付き合ってやる。お目付け役としてな」

「……」
 一体、どういう風の吹き回しか。
 ゼクトは呆気に取られつつ、どうにか一言だけ口にする。
「……仕事は?」
 バルドは、さらりと述べる。
「忘れたか? とんずらすんのは、十八番だっての。この分じゃ、しばらくあっちにゃ寄り付けねぇけどな――いや、この情勢じゃ、すぐに次の人員つぎ込んで、オレの顔なんて忘れちまうか。ま、その方が好都合だわな」

 その時、バルドの目つきが変わった。いつの間にか握っていたナイフを、即座に切り上げる。

 ゼクトの目の前で、戸口から侵入してきた影とバルドが激突した。

「おぉや……随分とまた、手荒いお出迎えじゃないか。んん?」
「へっ……穏やかじゃねえのは、そっちだろ。可愛げのねぇモン、持ち出しやがって……」
 バルドのナイフはあと1センチで頚動脈を裂けるが、同時に、相手から腹に銃口を突き付けられていた。

「ジーク!!」
 ゼクトの声が合図だったかのように、二人は臨戦態勢を解いた。

「もしやと思って寄ってみたんだが……まぁ、あれだな、お前さんらも。まぁーだこんなとこに居たなんて、とんだ物好きで」
「テメェにだけは言われたくねぇ……」
 バルドが犬歯をむき出しにする。当初より、この二人の相性は、最悪だ。
 ククッ、と喉を鳴らして、ジークは意地悪く言う。
「それともお前さんたち――まさか、デキてたのか? こぉーりゃ、邪魔したなぁ……?」
 ゼクトが吹き出し、バルドが青ざめながら、ゼクトから思い切り距離を取る。
「ふざけんな気色悪りぃ!! テメェ、いい加減な事ばっか抜かすと、殺すぞクソオヤジ!」
「おうおう、穏やかじゃないねぇ……」
 そこへ、ジークの黒いコートの後ろから、ひょっこり顔を出した人影が、一つ。
「本当に変わらないんだから、貴方達……」
 呆れたように言った声は、ゼクトのよく知ったそれだ。
「フィナ……」


「まぁ、あれだ。頼れるカッコいいオニイサンは、今まで巷で情報を集めてたんだが、ちょいとヤバそうな現状が見えてきたんで、こうして、姫君をお迎えに上がってたのさ」
 フィナが、静かに首を横に振る。
「とてもじゃないけど、お姫様を助けに来たナイトとは呼べないわね。私をさらいに来た、誘拐犯と言った方が正しいわ……」
「全くだぜ」
「こりゃ」
 瞬間、ジークの手が閃いて、小型のナイフがバルドを掠め、壁に刺さった。
「なんてことしやがんだっ!?」
「はぁ……もう。いい加減になさい!! ゼクトが困ってるじゃない!?」
 ぼこっ! ドカッ!
 フィナの鉄拳制裁で、その場は収まり、あざを作った男が二人。
 そんな光景をしげしげと見つめ、ゼクトは、複雑な懐かしさを味わった。


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