08- 残されたもの



 去り際に、ジークは言った。
「ぅあーあ。お前ら2人を残して、年長者の俺まで抜けんのは気が引けるけどよ――いい加減、潮時らしいかんなぁ……」
「行くのか? ジーク」

 引き止めたい、とは夢にも思わなかった。
 ただ、訊かずにもいられなかったのだ。

 返った答えは、明快だった。
「ああ。お邪魔虫は、ここで消えるぜ――……」
 ふらりと消えたジークが、その後、どこに行ったか、ゼクトは知らない。



「はぁ……とうとう、二人になってしまいましたね――」
 そう切り出して、ルイスは告げた。
「西に移らなくとも、この領内で、王立図書館で働くつてが見つかりましたので」
 その言葉に、確かにショックを受けたのに。
 あの時、何も言えなかった。

(『行かないでくれ』? 違う――ぼくには、引き止める力も、権利も、ないのに。ルイスが、自分で決めたんだ……。何一つ決められないでいるぼくに、どうして止められる?)

「お元気で、ゼクト」
 そう言って笑ったルイスに、手を伸ばしかけ、飲み込んだ言葉。
『待ってくれ』

 もう、あの日は戻ってこない。
 この家に温度を与えた人たちも、もう、戻ってこない。




 貧民街に暮らす身分で稼げる収入では、1ヶ月もすれば、食糧が底をつく。

(ぼくひとりだから、今でも何とか保ってる。そう、これは――……)
 一人、また一人と家を出て行った、彼らがくれた、猶予期間。

(こんなになっても……ぼくは、まだ、決められないでいる。この情勢で、ぼくは――どうすればいい……?)


『迷わないで下さい。貴方は、貴方の正しいと思うことをすればいい、間違っていたら、止める人がちゃんといますから』

「!?」

 不意に、幻聴を聞いた気がした。
 家を出たはずの、ルイスの声。
(すべき事――……ぼくが、正しいと思う事――)


 堰を切ったように、出ていった者達の記憶が蘇る。

 金髪の、伊達男の悪友。
『だーっ!! 謝んなら、最初っからやるな! 必要だと思ったんなら、胸張っとけ!! てめぇの行動に、ちゃんと自信持っとけよ!?』
(だめだ。こんなとこで迷ってちゃ、だめなんだ……!)

 苦手だった、最年長の同居人。
『恋愛も人生も、コツは一緒さ。……ははぁ、その顔、信じてねぇな? 今だ、と思ったらやっちまえ。でないと、後悔するぜ?』
(……今しかないんだ――騒乱が、始まる前に)

 時に厳しく、優しかった、強い女性(ひと)。
『一人じゃできない事も、みんななら乗り越えられることもある――最近ね、ようやくそう思えるようになったの』

 ザッ
 一瞬で過去のイメージが消え去り、そこには、自分だけが立つ、薄暗い部屋が残されていた。

(……ひとりじゃ足りない力だって……!)
 ゼクトの青い目は、灯りも点けない夕闇の中、確かな光を取り戻していた。


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