04- 去りし日々
彼は、生粋の金髪碧眼だった。
短い髪は整えず、ぼさぼさだったが、きたならしい感じはしない。
青い瞳は、本来の光を失い、失望と無気力の間をさ迷っていた。
スラムの狭い平屋は、しかし、彼一人の居住空間としては広すぎる。
玄関を潜ってすぐ、右手にはこじんまりした居間があった。
足ががたつく壊れかけた椅子とテーブルは、必要でしょ、と言って、この家で共同生活を始めた当初に、紅一点のフィナが、胡散臭い年上の連れを顎で使って、どこからか用意させた古い品だ。
一番奥まった部屋が、男二人が押し込められていた、現在のゼクトの一人部屋だ。
中は乱雑に物が散らばっており、意外にも几帳面な同室の相棒が去って久しい事を、如実に物語っていた。
金髪に茶色の瞳、抜群のルックスと切れる頭を持つくせに、少々手癖が悪く、台所から物をくすねる常連で、おちゃらけた面も持ち併せたバルドは、戦乱の足音が近いと知る否や、真っ先に家を出た。
「だーっ! 頼む! マジ、勘っ弁してくれ!! このとぉーり!」
つまみ食いの現場を目撃されたバルドは、両手を合わせて、必死でゼクトに弁解した。
彼は、目の下に隈すら見えそうな壮絶な眼差しで、ゼクトの両肩を掴んで言った。
「今度、この事がフィナにばれたら……。なぁゼクト……トモダチだろ……?」
ふふふふ……と不気味な笑みすら漏らしそうな調子で、精神崩壊しつつあるバルドは、悪友に助けを求めたものだ。
少ない荷物をまとめたバルドは、最後に、こう言って家を出た。
「領地から逃げ出す奴も、大勢いんだ。そんな時に、このチンケなスラムに溜まってて、何ができるってんだ」
チクショウ、と小さく毒づいたかと思うと、彼は、あばよ、と乱暴に手を振り、ただの一度も振り返らずに去った。
居間の手前を奥に行くと、すぐ左手が女子部屋だった。
ゼクトは、黙ってその扉を開けた。
開けたって、中には誰も居ない事を、知っていたのに。いや、知っていたからこそ、ノックもなしに開けられた。
ゼクトは人一倍のんびり屋で、バルドからは始終、天然ボケと評されてはいたが、女性に対する礼儀に欠く男ではない。
綺麗にシーツが整えられた寝具と、大半が置き去りにされた本棚の本だけが、そこにはあった。
ゼクトは、目をつぶり、頭の中で、黒いショートの快活な女性の姿を思い浮かべた。
「ほんっと、手のかかる子達ね! 少しはルイスを見習って欲しいわ」
(うーん……たま〜に、ルイスもつるんでたりするんだけど……)
だが大抵は、この家で起きる悪事の類は、バルドかゼクトのせい、と決めつけられている。
ほとんどの場合、起案者はバルド。ゼクトは毎回巻き込まれてつるまされているのだが、そんな言い訳は、この鉄拳フィナには通用しない。
(でも、ルイスはぼくみたいに、公に巻き込まれたりしてないもんな――影の黒幕って言うか……第一、下らない悪戯には絶対手を貸さないし)
だからゼクトは、フィナの言葉には、毎度耳が痛いと思うのだった。
何を言われても右から左へ抜けてしまう、懲りないバルドが、羨ましい限りである。
(フィナ……いつも優しくて、でも怒るとゲンコツが痛くて鬼のようだったけど、母親みたいなひとだった――)
ゼクトは静かに、目を開けた。
埃をかぶった本を見て、更にゼクトは思いを馳せた。
(そう言えばルイスは、本、好きだったっけ。ぼくと違って、難しい本も読んでた……同じ魔術師でも、勉強しなかったからな、ぼく……。ルイス、今頃、どこで何してるのかな――)
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